蕎麦道楽人のトレッキング(ハイキング)日記です。
カテゴリー名の「晴歩雨蕎」は「晴耕雨読」を意識した小生の造語で「せいほうきょう」と読むことにしています。意味は文字どおり,晴れた日には歩きに行こう(歩くのは主に関西の低山などが対象です。),雨の日には家で道楽の蕎麦打ちをしたりおそば屋さんに行ったりしようというぐらいの意味です。何年か前にいわゆる「毎日が日曜日」の生活になってからは,天候を選んで歩きに行くことが可能になりましたので気楽に歩きに行けるようになりました。
日記のことですから,記録を目的としてはいるものの,他の方のトレッキングレポートのような詳細なデータ,豊富な知識等に裏打ちされた興味深い内容や美しい写真などとは縁遠く,万一,お読みいただいた方には申し訳ないのですが,なにせ気楽な蕎麦道楽人の日記ですからご容赦いただきたいと思います。
ただ、最近はどこでも熊出没情報が聞かれるようになり、単独トレッキングはなかなか厳しくなってきましたので、小生にとっていわゆるホームマウンテンである大阪(奈良)の金剛山(今のところ熊出没情報等はほとんどありません。)を除いて、できるだけ複数人での行動を心掛けていますが、そうそう毎回付き合ってくれる友人もおりませんので最近はモンベルなどのイベント・ツアーなどに参加することも増えました。
蕎麦道楽人としては,行先でたまたま見つけたおそば屋さん(手打ちに限るなどと贅沢なことは言いません。)についてでも書ければなあと思っていますが、なかなか見つからなかったり,営業時間と合わなかったりする場合がほとんどでままなりません。
今回も,トレックした日からずいぶんと日時が経過してしまいましたが,記録のため,遅ればせながら、簡単にですが日記に書いておこうと思います。
№24 高野山参詣道「町石道(ちょういしみち)」(和歌山県)
《九度山町役場(スタート地点)~慈尊院~矢立~大門(848㍍)~壇上伽藍 距離約20㌔ 活動時間約7時間半 2026.5下旬》

南海高野線の九度山(くどやま)駅 この駅からスタート地点の会場に向かいます
今回は、「世界遺産高野山参詣道(町石道)登山実行委員会」が和歌山県と金剛峯寺の後援で実施する「世界遺産高野山参詣道(町石道)登山」なるイベントに参加しました。
高野山(こうやさん)は、大阪府と和歌山県の県境を越えてほどない和歌山県北部の伊都郡高野町にある地域の名称です。周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの山上盆地に町並みが広がります。ご承知のとおり、弘法大師(空海)が開いた真言密教の聖地であり、高野「山」という名ですが、この「山」は仏教的な用語であって地理学上の山ではありません。とはいえ、山並みの頂き付近であることもあり、今回の標高差は約700㍍、累計としては登りがヤマップのデータでは約1485㍍、下りが約746㍍で、ほとんど山林の中の道をたどりますので、いわゆる低山トレッキングと言っていいと思います。

実質上のスタート地点である慈尊院(多宝塔)です
高野山は、ご承知のとおり、2004年にユネスコ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録された真言密教の聖地です。弘法大師(空海)によって約1200年前に開創された 標高約800~900mの山上宗教都市で、総本山金剛峯寺 、壇上伽藍、奥之院、高野山町石道などが世界遺産を構成しています。
この慈尊院も世界遺産に含まれており、弘法大師が高野山を創設する際に表玄関として創建された寺院とのこと。当時の高野山は女人禁制であったため、弘法大師の母は高野山に入山できず、ここ「慈尊院」に住み、弘法大師は高野山から山道を下り、月に9度母を尋ねたことから、この地名は「九度山」と称されるようになったということです。慈尊院はいわゆる「女人高野」ともいわれ、高野山が女人禁制だった時から多くの女性が参拝した歴史があるそうです。

慈尊院多宝塔横の石段途中横にある180番目の町石です 逆順に1番町石を目指します
「町石(ちょういし)」は、平安時代に弘法大師(空海)が木製の卒塔婆を建てたのが始まりとのことで、鎌倉時代に現在の石造りの町石へと整備され、壇上伽藍の根本大塔を起点(0町)とし、慈尊院までが180基、さらに奥の院まで36基(金剛界の諸尊に由来)の合計216基が存在するとのこと。道沿いには一町(約109m)ごとに「町石」と呼ばれる五輪塔形の石柱が合計180基建てられており、参拝者たちは一町石ごとに合掌等しながら20㌔超の道を歩いたとのことでした。
「接待場」 参加者が群がってしまい接待側の地元の方が見えません
スタート地点からしばらく歩くと「接待場」という案内板の掲げられている場所があり、案内板の説明によれば、空海の入定(没)の承和2年(835年)3月21日(いわゆる旧暦)だそうですが、毎年この日に「御影供(みえく)」という法会が高野山で行われ、その日の高野詣の人々に地元の人々が湯茶等の接待を行った場所を「接待場」というとのことで、当日はこのイベント参加者が地元の方々から冷水や果物の接待を受けていました。
スタート地点からの慈尊院から「銭壺石」、「笠取峠」、「六本杉峠」を経て約2時間歩くと「二つ鳥居」が見えてきました。

鳥居が横に2基並んでいる「二つ鳥居」 120町石辺りです

二つ鳥居休憩所からの眺望です 天野の里も望めます
二つ鳥居から15分ほどで神田地蔵堂がありました。日陰を探してしばし休憩します。

神田地蔵堂 112町石辺りです
神田地蔵堂から矢立茶屋方面を目指します。途中、笠木峠、矢立峠を越えて1時間半ほど気持ちのいい林の中の道を町石を数えながら歩きました。

モチツヅジでしょうか
今回の高野山ではあまり花には出会えなかったのですがその中でツツジ系と思われる花は結構見かけました。

矢立茶屋です この茶屋裏の空き地で昼ご飯にしました 名物やきもちも食しました。
矢立茶屋からゴールの壇上伽藍までは2~3時間ですが、主催者から、午後2時以降「矢立」を通過する場合は、無料のシャトルバスでゴールまで送り届けるとの注意がありました。ちなみに小生一行は丁度正午頃に矢立茶屋に到着し30分後には出発しました。
ここからはやや厳しい登りや足元の悪い箇所もありましたが、「袈裟掛石」、「押上石」、「鏡石」、「大門」と歩を進め2.5時間程で壇上伽藍に到着しました。ゴール手前の急登はなかなか厳しいものがありました。その後もどんどんと参加者がゴールしてきますので帰りの交通機関の混雑を恐れて早々に帰途に就きました。
高野山町石道は小生としては15年ほど前にも一度歩いたことがありましたが、その際は森閑とした森の中をあまり人影を見ることもなく歩いたように記憶しており、今回はイベントに参加しましたのでだいぶ趣が違いましたがそれでも参詣道である町石道の雰囲気を感じながら気持ちよく歩くことができました。
袈裟掛石です 空海が袈裟を掛け休んだという言い伝えとのこと
激しい雷雨の際に空海がこの大岩を持ち上げて母を匿ったいう言い伝えとのこと

「押上石」を過ぎてしばらく歩いたところの展望台からの西方面の眺望です
「鏡石」です 説明版には石の表面が「鏡のように平ら」とありましたが・・

「大門」です

ゴール地点の壇上伽藍です