sobayanoyutoの蕎麦道楽日記

大好きな蕎麦とハイキングで遊んでいます

晴歩雨蕎(№22)~京都一周トレイル⑦「西山コース1」

 蕎麦道楽人のトレッキング(ハイキング)日記です。
 「晴歩雨蕎」は小生の造語で「せいほうきょう」と読むことにしています。「晴耕雨読」を意識した造語です。意味は文字どおり,晴れた日には歩きに行こう,雨の日には家で道楽の蕎麦打ちをしたりおそば屋さんに行ったりしようというぐらいの意味です。何年か前にいわゆる「毎日が日曜日」の生活になってからは,天候を選んで出かけることが可能になりましたので気楽に歩きに行けるようになりました。
 日記のことですから,記録を目的としていますので,他の方のトレッキングレポートのような豊富な知識等に裏打ちされた興味深い内容や美しい写真などとは縁遠く,お読みいただいた方には申し訳ないのですが,なにせ気楽な蕎麦道楽人の日記ですからご容赦いただきたいと思います。
 蕎麦道楽人としては,行先(歩くのは主に関西の低山などが対象です。)でたまたま見つけたおそば屋さん(手打ちに限るなどと贅沢なことは言いません。)についてでも書ければなあと思いますが、なかなか見つからなかったり,営業時間と合わなかったりする場合の方が多く,その場合は帰宅してから雨の日にでも自宅でそばを打ってトレッキングを思い出してお茶を濁すことにしています。

 さて、今回も,トレックした日からずいぶんと日時が経過してしまいましたが,記録のため,遅ればせながら日記に書いておこうと思います。

№22 京都一周トレイル⑦「西山コース1」
《京都バス清滝バス停(京都市右京区嵯峨清滝深谷町)~六丁峠~嵐山渡月橋~松尾山(276㍍)~苔寺・すず虫寺バス停~上桂駅  活動時間約5時間30分 距離約12㌔ 2026.4中旬》

 「京都一周トレイル」の内容については晴歩雨蕎№11をご覧願います。

 昨年11月に紅葉真っ盛りの中で歩いた晴歩雨蕎№14の京都一周トレイル④「北山西部コース2」のゴール地点であった京都バスの清滝バス停からスタートしました。

清滝バス停

清滝川を越えます

京都一周トレイル木製標識「西山1」です

雰囲気の良い清滝川沿いの道を歩きます

 ここからの一帯は「錦雲渓」と呼ばれているそうでいわゆる渓谷美が続きます。

清滝川沿いに歩いていると文字の消えかけた標識がありました

 案内板標識の上の板には「清滝1.4㎞」、下の板には「落合0.2㎞」と刻まれていました。

清滝川の川面が美しい

落合(米買道)の案内板

 案内板によれば、この道は、清滝は稲作に適さず他所に米を買いに行く必要がありそのための道でもあり、丹波と京を結ぶ主要道路の一つでもあったとのこと。この清滝川沿いの道通って米袋を運ぶのは決して楽ではなかったろうと往時がしのばれました。

清滝川にかかる沈下橋(潜没橋)の小泉橋を渡りました

落合橋を渡ります

保津峡(落合)の絶景です 写真中央付近に保津川下りの舟が小さく見えます

 清滝川は、深い谷を刻んで桂川(保津峡)に流れ込んでおり、写真の通り、両岸は切り立った崖となっていますが、絶景です。丁度、保津川下りの船が通りましたので写真に撮りました。

京都一周トレイル標識「西山8」落合から六丁峠を経て嵐山に向かいます

 「六丁峠」は鳥居本に建つ愛宕神社一の鳥居から六丁(一丁は約109㍍ですから約650㍍)離れたところに位置する峠であるところから六丁峠の名があるとのことでした。

愛宕神社の鳥居です

 一の鳥居から少し歩いたところに「二尊院」がありました。

 二尊院の寺号碑の左横に「小倉餡発祥の碑」なる石碑が建っていました

 石碑の横面に「平成17年3月6日 井筒八ツ橋本舗」の文字があり関西人としては、なるほどな、と思ってしまいました。

秋の紅葉などで有名な常寂光寺が見えたら左折して嵐山に向かいます

常寂光寺から嵐山へ

小倉池を挟んで御髪神社前の桜がきれいでした

 常寂光寺から少し歩くと小倉池がありましたが、池を挟んで日本で唯一の「髪」の神社とされる御髪(みかみ)神社前に桜が美しく咲いていました。

嵐山公園の広場です 結構だだっ広い広場でここでお昼ご飯にしました  

お昼ご飯を済ませて気持ちも新たに歩き出しおなじみの渡月橋を渡ります

 渡月橋から阪急電車の嵐山駅方面に向かい、同駅前の広場横を通り、「苔寺への抜け道」と書かれた案内板の建っている細い道に入ります。

右下の京都一周トレイルの西山26の標識があり松尾山を経て苔寺へと書かれていました

 写真右の細い道を歩いていきます。とりあえずは松尾山方面へ向かいます。

松尾山に向かう途中で展望が開ける場所がありました

京都一周トレイル木製標識「西山35」松尾山です

松尾山頂上からの展望です

 松尾山を後にして苔寺(西芳寺)方面に向かい、阪急嵐山線上桂駅から帰途につきました。

 

京都一周トレイル木製標識「西山51」です ここにも熊出没の注意書きが巻かれていました







 





 

 

 

アルモンデそば(№105)~白カレーのつけそば

 そば打ちを趣味としている小生の家の冷凍庫には,打った日に食べきれなかったそばの冷凍が常に保存されています。家人からは何とかせよとの厳命を受けることもしばしばあり,そうなりますと,小生の在宅時の昼食などはほとんど冷凍したそばを食することになります。
 あくまで日常のいわば普段使いのそばですので,その時に家に「あるもんで」いろいろと手を変え品を変えて作ることとなりますが,豪華さや映え感やこだわりなどとは無縁ですし,邪道であることは承知しつつも,できるだけ手打ちそばの風味を生かして食すべく考えたそばメニューをこのブログの「アルモンデそば」のカテゴリーに日記風に書いています。
 なお,原則として,新しいメニューを食した時にのみ書いていますが,発想の貧困さから,過去メニューとそれほど変わらないときもありますのでご容赦の程。

№105 白カレーのつけそば

そばは今回も北海道美瑛産の挽きぐるみを外一で打った冷凍で最後の一束です

 今日は冒険です。

 本日のアルモンデそばは、たまには少し変わったもでも食べようかと思い、冷蔵庫などを漁ったところ、鶏モモひき肉少量と粉末カレールウを見つけましたので、以前何かの雑誌で見た記憶のある白いカレーのつけ蕎麦にすることにしました。今日は昨日までの涼しさとうって変わりお昼は気温が30℃位まで上がっておりカレーに気持ちが向いていました。
 その雑誌の記事で覚えていたのは、出来上がりの写真の雰囲気だけで材料等は全く覚えていませんでしたのでどうしたもんかと思いましたが、つけつゆはゆるめのホワイトソースを作り白色をできるだけ保つため、白醤油で作った返しを少量混ぜて冷蔵庫で冷やしました。ビシソワーズ風も考えましたが、昼ご飯にそんなに手間をかけてはいられません。
 また、鶏モモ挽肉と粉末のカレールウでカレー味濃いめのカレー肉味噌を作り、器に入れたホワイトソースのつゆの表面にガラムマサラを少量振ってカレーの香りをつけ、さらに、カレー肉味噌を真ん中に置いてつけつゆとしました。
 そばは、例によって、冷凍した蕎麦を電子レンジでゆるく解凍し湯掻いたものです。

冷凍そばを表裏各30秒レンジ(600W)あたためで解凍したものです

 食してみますと、ホワイトソースで作ったつけつゆもカレー肉味噌と一体となってそばに絡み、これはこれでありかなという味になっており、思ったよりは美味しくいただきました。

アルモンデそば(№104)~かけ牡蠣とろそば

 そば打ちを趣味としている小生の家の冷凍庫には,打った日に食べきれなかったそばの冷凍が常に保存されています。家人からは何とかせよとの厳命を受けることもしばしばあり,そうなりますと,小生の在宅時の昼食などはほとんど冷凍したそばを食することになります。
 あくまで日常のいわば普段使いのそばですので,その時に家に「あるもんで」いろいろと手を変え品を変えて作ることとなりますが,豪華さや映え感やこだわりなどとは無縁ですし,邪道であることは承知しつつも,できるだけ手打ちそばの風味を生かして食すべく考えたそばメニューをこのブログの「アルモンデそば」のカテゴリーに日記風に書いています。
 なお,原則として,新しいメニューを食した時にのみ書いていますが,発想の貧困さから,過去メニューとそれほど変わらないときもありますのでご容赦の程。

№104 かけ牡蠣とろそば

そばは今回も北海道美瑛産の挽きぐるみを外一で打ったものの冷凍です

 6月上旬、本日の大阪・堺は、昨日までの真夏のような気候から一変し、やや肌寒さも感じるほど涼しくなりました。とはいってもお昼過ぎの気温は21℃もあり体が昨日までの30℃近い気温からの変化に付いていけていないのだろうと思います。

 本日のアルモンデそばは、やや肌寒さを感じていたこともあり、冷蔵庫の野菜室にあった長芋をおろして温かい「かけとろろそば」系にしようと思ったのですが、食品庫で燻製にした牡蠣の缶詰を見つけてしまって「牡蠣そば」系も食べたいと思い、悩んだ結果、「かけ牡蠣とろろそば」にしようと思い至りました。
 なお、「とろろそば」系のそばメニューは、一般的には「かけとろ」系と「つけとろ」系に大別されると思いますが、今回は温かいそばに気持ちが傾いていましたので温かいつゆを張る「かけとろ」系にすることにしました。

 調理は簡単で、長芋をおろして「とろろ」にし、とろろの色をあまり変えないように自家製の白醤油の返しで作ったそばつゆ少量を混ぜ、缶詰の小ぶりな燻製牡蠣を数個入れておきます。そばつゆは濃口醤油の返しに出汁を合わせ、燻製牡蠣の漬かっていた缶詰の油を少量たらしてスモークの香りを足します。
 冷凍そばを湯掻いてどんぶりに盛り、水菜を適量散らしてその上に燻製牡蠣入りのとろろを流してさらに水菜を飾り、器の端から温かいそばつゆを張りました。

 食してみますと、燻製牡蠣の濃厚な旨味とスモーク感が口中に広がり、温かいつゆに馴染んだとろろとそばがよく合っていておいしくいただきました。

晴歩雨蕎(№21)~京都一周トレイル⑥「北山東部コース2」

 蕎麦道楽人のトレッキング(ハイキング)日記です。
 「晴歩雨蕎」は小生の造語で「せいほうきょう」と読むことにしています。「晴耕雨読」を意識した造語です。意味は文字どおり,晴れた日には歩きに行こう,雨の日には家で道楽の蕎麦打ちをしたりおそば屋さんに行ったりしようというぐらいの意味です。何年か前にいわゆる「毎日が日曜日」の生活になってからは,天候を選んで歩きに行くことが可能になりましたので気楽に歩きに行けるようになりました。
 日記のことですから,記録を目的としていますので,他の方のトレッキングレポートのような豊富な知識等に裏打ちされた興味深い内容や美しい写真などとは縁遠く,お読みいただいた方には申し訳ないのですが,なにせ気楽な蕎麦道楽人の日記ですからご容赦いただきたいと思います。
 蕎麦道楽人としては,行先(歩くのは主に関西の低山などが対象です。)でたまたま見つけたおそば屋さん(手打ちに限るなどと贅沢なことは言いません。)についてでも書ければなあと思いますが、なかなか見つからなかったり,営業時間と合わなかったりする場合の方が多く,その場合は帰宅してから雨の日にでも自宅でそばを打ってトレッキングを思い出してお茶を濁すことにしています。

 「京都一周トレイル」の内容については晴歩雨蕎№11をご覧願います。 

 今回も,トレックした日から時間が経過してしまいましたが,記録のため,遅ればせながら日記に書いておこうと思います。

№21 京都一周トレイル⑥「北山東部コース2」
《京都バス野村別れバス停~江文峠~静原神社~薬王坂~竜王岳~叡山電車鞍馬駅 活動時間約4時間30分 距離約8㌔ 2026.4中旬》

国土地理院の作図ソフトになかなか慣れません 小さすぎて読めません

 本ブログのカテゴリー「晴歩雨蕎(京都一周トレイル)」の①「北山東部コース1」の終了地点である大原の「京都バス野村別れバス停」からスタートし、金毘羅山の麓に佇む江文神社や、葵祭(賀茂祭)と関わりの深い静原神社を経由して、かつて伝教大師最澄も越えたという薬王坂の峠から鞍馬へと向かいます。コースとしては比較的平坦ですので、竜王岳(500m)にも寄りました。
 先日、テレビのニュースで京都の葵祭の様子が報じられ、そういえば下書きのまま忘れていたこのトレッキング日記を思い出しました。

 「野村別れバス停」のある大原街道(国道367号線・敦賀街道)から高野川にかかる中央橋を渡ります。

出発してすぐの中央橋から見える高野川と桜です 当日は曇天でした

 ここから江文(えぶみ)峠方面に向かって歩いていきますが程なく江文神社の石碑が見えてきます。

江文(えぶみ)神社の参道入口付近に建つ石碑です

江文(えぶみ)神社方向 京都一周トレイル標識№29が見えます

江文神社本殿 歴史を感じさせるお社が静寂の中に建っていました

 参拝を済ませて江文峠方向に向かいます。

 江文神社から江文峠に向かう林の中の気持ちの良い道を歩いていきます

夏場はヤマヒルが多く発生するそうです 

江文峠のバス停

金毘羅大権現の鳥居の前の道を歩きます
写真左の標識30(江文峠付近)から右の標識31(金毘羅山鳥居から静原神社)へ

知識に乏しく何の苗木かは不明でしたが防除ネットをかぶせられた苗木が延々とありました

京都一周トレイル標識№34 クマ出没注意!

静原・薬王坂方面に向かいます

静原神社 

 京都三大祭りの一つである上賀茂神社と下鴨神社の葵祭で使われる「二葉葵(フタバアオイ)」は、かってこの静原神社周辺のものが献上され、下鴨神社の末社的な存在として、現在も氏子たちが御影祭り祭列に奉仕する伝統も受け継がれているとのこと。

静原神社内で昼食を済ませて薬王坂に向かいます

弥陀二尊板碑 かつては古い大木に守られるようにして建っていたとのこと

 板碑は南北朝時代後期のものとされ、花崗岩の板碑に二体の阿弥陀如来が浮き彫りにされ、風雪に耐えて鎮座し続けていたとのことであるが、守るように立った古い巨木が倒れてしまい板碑も倒れてしまったと聞きました。

伝教大師最澄も越えたという薬王坂の峠から鞍馬へと向かいます。

 鞍馬に向かう途中で竜王岳に寄りました。

竜王岳頂上(約500㍍)

竜王岳頂上からの景観です

鞍馬寺です

 その後、鞍馬寺からすぐのところにある叡山電車鞍馬駅から帰途に就きました。

 

 

アルモンデそば(№103)~いぶりがっこと納豆のぶっかけそば

 そば打ちを趣味としている小生の家の冷凍庫には,打った日に食べきれなかったそばの冷凍が常に保存されています。家人からは何とかせよとの厳命を受けることもしばしばあり,そうなりますと,小生の在宅時の昼食などはほとんど冷凍したそばを食することになります。
 あくまで日常のいわば普段使いのそばですので,その時に家に「あるもんで」いろいろと手を変え品を変えて作ることとなりますが,豪華さや映え感やこだわりなどとは無縁ですし,邪道であることは承知しつつも,できるだけ手打ちそばの風味を生かして食すべく考えたそばメニューをこのブログの「アルモンデそば」のカテゴリーに日記風に書いています。
 なお,原則として,新しいメニューを食した時にのみ書いていますが,発想の貧困さから,過去メニューとそれほど変わらないときもありますのでご容赦の程。

 しばらく昼食時に在宅していない日が続き「アルモンデそば」から離れていましたが、久しぶりにお昼時に在宅していましたのでしからばと冷凍庫をのぞきますと冷凍したそばが残っており作る気になりました。

№103 いぶりがっこと納豆のぶっかけ

そばは北海道美瑛産の挽きぐるみを外一で打ったものの冷凍です

 久し振りに「アルモンデそば」を作ろうと冷蔵庫などを漁りましたが、例によって、これといった食材は見つからず、かろうじて挽き割り納豆と「いぶりがっこ」を見つけました。
 小生、現在は、というよりもここ50年ほどは関西圏に居住していますが、出身は東北の秋田県で、子供のころは、朝飯といえば必ずと言ってよいほど「わらづと(藁苞)」に包まれた納豆が付き物でしたし、秋田名産の「いぶりがっこ」もよく食卓に上がっていましたので懐かしさからスーパーなどで目にすると思わず購入してしまうのですが、本日はその二つを合わせることにしました。なお、ご存知ない方がおられるかもしれませんが、「いぶりがっこ」は燻製にした大根を漬物にしたもので、大量の大根を燻製小屋に天井付近から吊るして燻している様子は秋田の冬の風物詩でもありました。

 こちらの調理はごく簡単なもので、挽き割り納豆に粗みじんにした「いぶりがっこ」を混ぜ、そばの上に水菜を少量敷いて、いぶりがっこと納豆を混ぜたものをのせ、いぶりがっこをスライスしたものをそばの横に少しだけ置いて、周りから自家製のそばつゆを流し入れました。

 挽き割り納豆の安定した食味にいぶりがっこのパリパリした食感と弱いながらもスモーキーな香りが感じられ、懐かしさを感じながら美味しくいただきました。

 

晴歩雨蕎(№20)~京都一周トレイル⑤「東山コース1」

 蕎麦道楽人のトレッキング(ハイキング)日記です。
 「晴歩雨蕎」は小生の造語で「せいほうきょう」と読むことにしています。「晴耕雨読」を意識した造語です。意味は文字どおり,晴れた日には歩きに行こう,雨の日には家で道楽の蕎麦打ちをしたりおそば屋さんに行ったりしようというぐらいの意味です。何年か前にいわゆる「毎日が日曜日」の生活になってからは,天候を選んで歩きに行くことが可能になりましたので気楽に歩きに行けるようになりました。
 日記のことですから,記録を目的としていますので,他の方のトレッキングレポートのような豊富な知識等に裏打ちされた興味深い内容や美しい写真などとは縁遠く,お読みいただいた方には申し訳ないのですが,なにせ気楽な蕎麦道楽人の日記ですからご容赦いただきたいと思います。
 蕎麦道楽人としては,行先(歩くのは主に関西の低山などが対象です。)でたまたま見つけたおそば屋さん(手打ちに限るなどと贅沢なことは言いません。)についてでも書ければなあと思いますが、なかなか見つからなかったり,営業時間と合わなかったりする場合の方が多く,その場合は帰宅してから雨の日にでも自宅でそばを打ってトレッキングを思い出してお茶を濁すことにしています。

 「京都一周トレイル」の内容については晴歩雨蕎№11をご覧願います。 

 今回も,トレックした日から時間が経過してしまいましたが,記録のため,遅ればせながら日記に書いておこうと思います。

№20 京都一周トレイル⑤「東山コース1」
《近鉄 桃山御陵前駅~伏見桃山城~東古御香公園~大岩山展望所~青木ヶ滝~JR稲荷駅 活動時間約5時間30分 距離約11㌔ 2026.3下旬》

 今回の行程です 街中歩きも多くアップダウンも少なく楽に歩けます

本日のスタート地点 近鉄伏見桃山駅前の京都一周トレイルの道標「東山 F1」

駅前から続く商店街の屋根に吊らされた「日本酒のまち 伏見」の大きな幕

酒処だけあって商店街の中にある銀行のディスプレイ
窓にも日本酒のミニ菰樽がいっぱい飾られていました    

 スタートして間もなく御香宮神社が見えてきます。

御香宮神社本殿 

御香宮神社境内の有名なソテツ 京都市登録天然記念物とのこと

御香宮神社から伏見桃山城運動公園に向かいます

かつて「伏見桃山城キャッスルランド」なる遊園地内に建てられていた模擬天守
歴史的価値はあまりないのでしょうが雰囲気は感じられます 入場不可でした

竹林横の道を抜けて大岩山方面に向かいます

京都市伏見区が整備している「深草トレイル」と重なっているようです

大岩山(182㍍)展望所からの京都市街の眺望です 遠く大阪市街まで望めるとのこと

展望所からやや下ったところにある大岩神社 いわゆる廃神社とのことですが
創建や変遷については不明 古来から難病の神様として信仰されていたとのこと
1962年に日本画家堂本印象から寄進された石造彫刻の大小の鳥居
石角柱で地蔵、武人、女神などの抽象的な人物像や文様が浮き彫り
にされており神社でありながら異空間へ誘われるようでもある

こちら側から出てきましたがこの鳥居が参道入口と思われます

京都市による案内板
大岩神社から伏見稲荷大社に向かいます

伏見稲荷大社に向かう途中の美しい竹林沿いの道

奥社参拝所にある有名な「根上りの松」 一方、庶民の信仰対象としては「膝松さん」

 伏見稲荷大社に奥社側から入るとすぐにあるのが根が地表上に持ち上がっている有名な「根上りの松」ですが、同所にあった案内板によれば、「値上り」に通じるところから株関係者などからは縁起の良い松として信仰されており、一方で、庶民からはひざまずいて祈る姿に似ていることから「膝松さん」と呼ばれて腰やひざの痛みに効く足守りさんとして信仰されているとのことでした。小生はもちろん後者です。

 この後、伏見稲荷大社を抜けてJR稲荷駅から帰途に就きました。

晴歩雨蕎(№19)~和泉山系縦走(俎石山~飯盛山)

 蕎麦道楽人のトレッキング(ハイキング)日記です。
 カテゴリー名の「晴歩雨蕎」は「晴耕雨読」を意識した小生の造語で「せいほうきょう」と読むことにしています。意味は文字どおり,晴れた日には歩きに行こう(歩くのは主に関西の低山などが対象です。),雨の日には家で道楽の蕎麦打ちをしたりおそば屋さんに行ったりしようというぐらいの意味です。何年か前にいわゆる「毎日が日曜日」の生活になってからは,天候を選んで歩きに行くことが可能になりましたので気楽に歩きに行けるようになりました。
 日記のことですから,記録を目的としてはいるものの,他の方のトレッキングレポートのような詳細なデータ,豊富な知識等に裏打ちされた興味深い内容や美しい写真などとは縁遠く,万一,お読みいただいた方には申し訳ないのですが,なにせ気楽な蕎麦道楽人の日記ですからご容赦いただきたいと思います。
 蕎麦道楽人としては,行先でたまたま見つけたおそば屋さん(手打ちに限るなどと贅沢なことは言いません。)についてでも書ければなあと思っていますが、なかなか見つからなかったり,営業時間と合わなかったりする場合がほとんどでままなりません。

№19 和泉山系縦走(俎石山~飯盛山)
《南海電鉄箱作駅~俎石山(まないたいしやま・420㍍)~大福山(427㍍)~札立山(349㍍)~飯盛山(385㍍)~南海電鉄みさき公園駅 距離約14㌔ 活動時間約6時間半 2026.3中旬》

 「和泉山系」は、別名「和泉山脈」とか又その一部は「和泉アルプス」とも言われているそうですが、大阪府と和歌山県の県境に広がる標高300〜500mクラスの低山群を指します。
 「和泉」というのは、主に現在の大阪府南西部を指しますが、旧国名(和泉国)に由来しているとのことで、小生の居住する堺市や岸和田市、泉大津市、和泉市など一帯の総称です。小生の乗用車のナンバープレートも現在は「堺」ナンバーですが、以前は「和泉」ナンバーでした。なお、「泉州(せんしゅう)」という呼称もありますが、ほぼ同一地区を指すと言われています。
 居住している所からさほど遠くはありませんので、以前、何度か歩いたこともあったのですが、今回かなり久し振りでしたので新鮮な感じで歩いてきました。 

 歩いてからもうかなり日が過ぎてしまいましたが、何かとバタバタしており書きかけのままになっていました。遅ればせながら記録のため書いておこうと思います。

「軌跡」ではなく「行程」の概要です 国土地理院の地図サービスによって
作成したものの、不慣れにつき、今イチ見にくいのですがご容赦願います。

 当日、午前9時ころに、箱作駅からタクシーで阪南スカイタウンのサンヒル展望台付近に移動しそこからスタートです。

サンヒル展望台からの眺望です 水平線上に関西空港が見えます

 サンヒル展望台奥の登り口から結構長い木製階段の道を登り「サンヒル東山(288㍍)」を経由して俎石山に向かいます。小生、「俎」を「まないた」と読むことは知らず「そ」と読んでいましたのでその由来を知りたかったのですが特段のエピソードは見つからず、要はその山の容(かたち)からきているようでした。

 やや長い木製階段の後は程なく俎石山(420㍍)の頂上にたどり着きました。ここから低山群の縦走といえば大層ですがアップダウンの連続が始まります。次の大福山まで900㍍の案内板がありました。

俎石山山頂です

 次は大福山です。低山群とはいえ、山から山へ縦走しますのでアップダウンを繰り返すことになりますがそれほどの急坂などはありませんので快適に歩くことができます。

大福山頂上(427㍍)

 大福山から見返山に向かう下りの道が落ち込んでいて見えず、山が左右の樹々に
型取られていて一幅の絵画のようでもありこの先の眺望への期待に足を進めます

左右の樹々に型取られた所を通り抜けた後の眺望です

「奥辺峠」(293㍍)です 見返山方面に向かいます

「見返山」頂上(336㍍)からの眺望です

「札立山」(349㍍)頂上です

札立山頂上からの眺望です

(泉南)飯盛山頂上(384㍍)です

飯盛山頂上からの眺望です

飯盛山登山口へ降りていく途中にある提灯講山(ちょうちんこうやま 198㍍) 
案内板も新しいのですが、眺望もほとんどなく低い丘とでもいいましょうか

 「提灯講山」という何とも由来ありげな名称ですが検索してみてもこれといった説明は見つかりませんでしたが、地域の何らかのいわゆる「講」に由来しているものだろうなと思うと、何の変哲もないこの低い丘がそれなりの意味を持っているように感じられました。

 この後、飯盛山登り口から出で南海電車本線みさき公園駅に向かい帰宅の途に就きました